☆キララ☆の天使にハミング♪

ブルーマウンテン


1　足す　１　は　２・・・
２　足す　１　は　３・・・

そして　３　引く　１　は　２・・・。

キッチンの窓からお隣りの比嘉さんのお庭を眺めながら、
私はコーヒーを淹れる。
さっきコーヒーミルで挽いたばかりの豆が
ペーパーフィルターの中で熱湯を吸い込んで
良い香りを漂わせている。

比嘉さんはまた、お庭を改造中だ。
お嫁に行ったっきり　滅多に里帰りしない娘さんと
内地に出稼ぎに行ったっきり姿を見せない二人の息子さん。

「あれは比嘉のおじさんがおばさんを大切にしなかったからよ」と
母は私に言う。


比嘉のおばさんは、とても良い人だった。
私たち家族が、この建て売り住宅に引っ越してきた時、
まだ小学２年生だった私にもきちんと挨拶してくれたし、
人一倍引っ込み思案で大人の中でどう振舞ってよいかわからなくて
戸惑っている私を自分の隣に呼んで話し相手になってくれた。

おばさんは右のほっぺに大きなエクボがあって、
人なつっこい顔をしてよく笑う明るい人だった。

私が学校から帰ってきて、まだ誰も居ない家に一人でいると
おばさんは「希美ちゃん」と私の名前を呼んで、おやつをくれた。

犬のシロが　ワン！と吠えて私の足元にじゃれついて、
私はおばさんのお庭の椅子に座ってハーシーのキスチョコや、
手作りのサーターアンダギーを食べてシロと遊んだ。
おばさんが手入れしたお庭はハイビスカスの花が揺れて
風がよく通る気持ちの良いお庭だった。

もうその頃には短大生だった比嘉さんの娘さんは、
あんまりお家にいなくて、おばさんはちょっぴり淋しそうにしていた。


「ねぇ、お母さん。比嘉のおじさんはどうしておばさんに優しくしなかったの？」
お気に入りのジノリのローズブルーのマグカップにコーヒーを入れて
私は母のそばに近寄った。

母はパソコンの手を休めて、私からカップを受け取り満足そうに香りをかぐと
「さぁてね・・・？愛してなかったんじゃないの？」なんて適当な事を言う。

仕事の合間の母に何かを質問しても　ダメだってことに気づいて
私はちょっと肩をすくめる。
母の頭の中は、仕事のことでいっぱい。
私の質問に答える余裕は無いってことだ。


私はもう一度キッチンに戻り、出窓に腰掛けてコーヒーを飲みながら
レースのカーテン越しに　比嘉のおじさんの仕事ぶりを眺める。


おばさんが亡くなってから　おじさんはお庭をしょっちゅう改造している。
おばさんが植えたハイビスカスの木は根こそぎ引っこ抜かれ、
木製の柵が意味もなくいくつも並んで置かれていた。
シロが死んで、代わりに名前も知らない黒い犬がやってきた。
いつも鎖につながれたその犬は、お昼と夕方のサイレンが鳴ると
悲しそうな声で吠えるのだ。


私は高校生になり、母と一緒にコーヒーを飲んでいる。


1　足す　１　は　２・・・
２　足す　１　は　３・・・

そして　３　引く　１　は　２・・・。


先週父が家を出て行ったのも、母が父を愛していなかったから・・・？
それとも父が母を大切にしなかったからだろうか・・・？
１５歳の私に大人の都合なんて　わかるわけがない。
愛って何？夫婦って何なんだろう・・・？

父が出て行ってからの母は
比嘉のおじさんみたいに日がな一日、パソコンに向って仕事をしてる。
まるで父が昔からこの家にいなかったみたいに母は仕事に没頭している。
きっと私が隣にいることさえ　今の母は気づいていないのだろう。

愛から遠ざかった人
愛を遠ざけた人

母も比嘉のおじさんもせっせと自分の仕事に集中している。

ブルーマウンテン。
香りが高くて、繊細な味。
父が好んだこのコーヒーを　母はブラックで飲んでいる。

窓の外と家の中の二人を交互に眺めながら、
私はコーヒーにお砂糖とミルクをたっぷり足して飲んでいる。

ミルクとお砂糖を足してもブルーマウンテンはかすかにほろ苦い。
１５歳の私はまだ当分、この苦さに慣れることはないだろう。





　
　　
　　明日はモカジャバ・・・ブログde小説も・ど・き